〈世界史〉両税法の仕組みと歴史的意義を解説!

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 今回は、唐の時代に出された両税法について解説していきます。

旧来の仕組み

 唐は隋代からの均田制を継続しました。税制は、それに基づく租庸調制でした。

均田制の崩壊

 ところが、貴族の大土地所有が進行するにつれ、均田制という仕組みが壊れてきます。だって国家が貸している土地から税金が入ってくるのに、自分で所有されている土地が増えてきてしまったんですからね! これで租庸調制も崩壊に向かっていきます

両税法

 そこで新たに作られたのが両税法です。夏と秋の2回に税金を課されるので、この名前がついています。ちなみにこれまでは秋の1回でした。米の収穫時期ってことですね。

 これまでの人頭税から土地税に改められ、戸ごとに課されました。そしてポイントは、土地所有の大小に応じて課税していたということです。これまでは口分田の大小に応じたもので、永業田を僅かに認める以外は土地所有というものを認めていませんでした。ところがこのタイミングで、中国政府自ら土地所有を認めたのです。これが重要な歴史的意義になります。

 この両税法については、明の一条鞭法が始まるまでしばらく続きました。

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