〈公民&歴史〉今日で20年 同時多発テロとその後について徹底解説

世界史

 2001年9月11日、世界中を震撼させた出来事がアメリカで起こりました。そうです、アメリカ同時多発テロです。今回は、あの同時多発テロについてとその後の対テロ戦争について、現代のアフガニスタン情勢にも触れつつ解説していきたいと思います。

同時多発テロの概要

 同時多発テロについては、2001年9月11日に起こったアメリカ史上最悪のテロ事件です。主犯はイスラム過激派組織のアルカーイダです。1日のうちに合計4回のテロが起こり、死者は2996人にまでのぼりました。

 アメリカ人にとっては絶対に忘れられない事件の1つとなったのです。日本で言うなら、広島・長崎への原爆投下や東日本大震災に近しいものでしょう。

9月11日の衝撃

 具体的なお話をしましょう。高校のテストや大学の入試問題にはここまで問われませんけどね。

 カリフォルニアに向けてアメリカ国内を出発した旅客機4機が、それぞれアルカーイダのメンバーによってハイジャックされ、そのうち最初の2機はマンハッタンのワールドトレードセンター(世界貿易センタービル)に突っ込みました。このビルについては、当たり前ですが崩壊してしまいました。3機目の飛行機については、アーリントンにある国防総省の本庁舎(俗に言うペンタゴン)に墜落し、建物を半壊させました。4機目の飛行機については、当初ワシントンを目指していたものの、その前に墜落してしまいました。人命を救えたわけではないのでアメリカ的には失敗ですが、テロ的にもこれだけは失敗ですね。

アメリカの報復

 アメリカはこれに黙っているでしょうか? まさかねぇ。ブッシュ大統領は、対テロ戦争を宣言しました。まあ事件後すぐにアルカーイダに疑いがいくわけですから、アルカーイダの本拠地へ攻撃にかかります。どこだかわかりますか? 最近話題のアフガニスタンです。

 アルカーイダを追放するため、アフガニスタンへの空爆を行います。さらに当時政権を持っていたターリバーンが、アルカーイダの指導者であるビン=ラーディンの引き渡しに応じなかったことから、この政権もアメリカが倒してしまいます。ターリバーンとアルカーイダは2つともイスラームの組織ですが、お互い仲が良いと考えてください。ちなみに皆さんがよく知っているIS(イスラム国)については、ターリバーンやアルカーイダとは仲が良くないです。

 これで落ち着いたかと思いきや、アメリカ(もっといえばブッシュ大統領)はまだ本気です。2002年(テロの翌年)には、「悪の枢軸」との戦いを明確にしました。「悪の枢軸」ってどこだと思いますか? まあ国家ぐるみでテロとか”ヤバいこと”をしちゃう国のことです。具体的には、イラン・イラク・北朝鮮が名指しされました。まあ、言われてみれば納得…

 で、さらに翌年の2003年、「悪の枢軸」の1つであるイラクが大量破壊兵器を隠し持っている疑惑があったことで、アメリカはイラク戦争に突入します。結果、政権は崩壊させられフセイン大統領は処刑されます。ちなみにですが、結論から言うと大量破壊兵器はイラク国内で見つかっておりません。イラクがうまく隠したのか、アメリカがアホだったのかはわかりませんが、結果としてイラク戦争にアメリカが踏み込んだ意義というものが少し揺らいでしまったんですね

 ちなみにアフガニスタン侵攻については、世界各国がアメリカを支持しました。流石にテロはやだもん。ただ、大量破壊兵器を持っているという疑惑”だけ”で攻め込んだ今回のイラク戦争には、開戦の時点でも国際社会の意見が二分されました。

 2000年代については、アメリカも出した手は引けませんので、アフガニスタンとイラクに軍隊は居続け、戦闘が起こることもありました。ちなみに2004年には、ビン=ラーディンがビデオ声明で自身が同時多発テロの主犯であることを明かしています。

 2010年にはオバマ大統領がようやくイラクでの戦闘終結宣言を出し、翌年にイラク戦争は正式に終結しました。ところが厄介なことに、アメリカの撤退の直後くらいから、今度はイラク付近でIS(いわゆるイスラム国)が勢力を拡大し始めてしまったんですね。まあ、この話はまた別の機会に。

 2011年にはパキスタンで潜伏していたビン=ラーディンを、アメリカ軍の特殊部隊が暗殺しました。

 まあここまでくれば、イラクのフセインやアルカーイダのビン=ラーディンへの”報復”が終わったことですし、アメリカとして残る課題はアフガニスタン(と、そこに潜伏している可能性の高いアルカーイダの扱い、ターリバーンとの関係性)だったわけですね。

 アフガニスタン撤退について大きく動いたのが2020年2月です。アメリカ合衆国(この時はトランプ大統領)とターリバーン(忘れたかもしれませんが、アフガニスタン侵攻までアフガニスタンで政権を持っていた人たちね)との和平合意が成立し、アメリカ軍隊の縮小が約束されました。そこでは2021年4月までに撤退するとも約束しました。まあ完全撤退は後に延期されますが。

 その後アフガニスタン政府とターリバーンの和平交渉も行われ順調に行ってきて、いよいよ解決だと思われたところで、問題が起こったんですね。2021年に入って以降、ターリバーンが本格的に暴れ出しちゃったんですよ。実に20年ぶりに政権を取りに来ちゃいました。

 それでもアメリカ(現在のバイデン大統領)は撤退の方針を大きくは揺るがしませんでした。結果として、アメリカは8月30日にアフガニスタンから撤退を完了させ、バイデン大統領は8月31日にアフガニスタン紛争の終結を宣言しました。一方のターリバーンは、アメリカに対して勝利したと宣言します。

 アメリカにとっては、ベトナム戦争に次いで2番目の”勝てなかった”戦争になったわけですね。

まとめ

 今回は同時多発テロからちょうど20年ということで、アメリカ同時多発テロとその後の歴史について、アフガニスタン情勢も混ぜつつ話しました。アフガニスタンについてはもっと詳しい記事があるのでそちらを見てください。

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