〈政治〉政党解説2025 公明党

2025参議院選挙特集

 参議院選挙間近ということで、政党の歴史を解説しています。今回は公明党です。

動画解説もしています。

公明党

 公明党は現在、自由民主党と連立政権を組む与党です。国会では、自民党・立憲民主党・日本維新の会・国民民主党に次ぐ第5党です。

公明党の歴史

結成

 公明党の母体といえば、ご存知の通り創価学会です。地方議会から進出を始め、1956年の参議院選挙で初めて国政進出を果たしました。この動きを主導したのは、会長の池田大作です。

 そして、1964年に創価学会から切り離す形で公明党が誕生しました。初戦の結果を見てみましょう。

1967年1月総選挙(定数486名)

自由民主党 277議席
日本社会党 140議席
民主社会党 30議席
公明党 25議席
日本共産党 5議席

 最初から25議席はかなり頑張ったように見えますね! 自由民主党と日本社会党の2大政党に民主社会党と公明党が第三極として台頭してくるようになったのです。

 そして1969年の選挙を見てみると、さらなる躍進が見られます。

1969年12月総選挙(定数486名)

自由民主党 288議席
日本社会党 90議席
公明党 47議席
民社党 31議席
日本共産党 14議席

 1967年と比べて、自民党は微増ですが、日本社会党が惨敗しています。その代わり、公明党と日本共産党が躍進しましたね。

公明党の”独立”

しかし、政教分離の原則を考えれば、創価学会が政治を操ることに対して批判も起こりました。そこで1970年には池田大作が方針を示し、創価学会は支持団体の立場に徹するとともに、公明党の自立性を高めることを、宣言しました。

 また前年の選挙で惨敗した日本社会党は、公明党や民社党と協力するようになりました。非自民非共産での野党連携ですね。その次の1972年の総選挙の結果を見てみましょう。

1972年12月総選挙(定数491名)

自由民主党 271議席
日本社会党 118議席
公明党 29議席
民社党 19議席
日本共産党 38議席

公明党は大きく議席を減らしてしまいました。これには政教分離問題の影響があったと考えられます。

 さらに1974年の参議院選挙では、日本社会党・民社党との連携の成果が出て、与野党伯仲に持ち込むことができました。

 1976年総選挙の結果も見てみましょう。

1976年12月総選挙(定数491名)

自由民主党 249議席
日本社会党 123議席
公明党 55議席
民社党 29議席
日本共産党 17議席
新自由クラブ 17議席

 公明党は復調しましたね。しかしここで注目なのは、自民党が過半数を割ってしまったことです。自民党は、公明党や民社党との連携を模索するようになりました。一方で日本社会党との連立構想も維持しました。公明党は「自民側」「社会側」のどちらにつくのか、というところでした。

 1980年の総選挙では、自民党が圧勝しました。自民党の過半数割れ状態は、これで解消されます。公明党は、自民党と接近するようになり、社会党とは距離をとるようになりました。ここから10年くらい、その体制が続きます。潮目が変わったのは1993年です。総選挙の結果からご覧ください。

1993年7月総選挙(定数511名)

自由民主党 223議席
日本社会党 70議席
新生党 55議席
公明党 51議席
日本新党 35議席
日本共産党 15議席
民社党 15議席
新党さきがけ 13議席
社会民主連合 4議席

 新党が大量に出てくる中でも公明党は議席を増やすことに成功しました。そして自民党が過半数を割ってしまったのです。自民党と共産党以外の政党がまとまれば政権交代ができるという場面で、これをまとめあげた男がいます。それが新生党の小沢一郎です。

 これを機に、非自民・非共産の7政党(日本社会党、新生党、公明党、日本新党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合)+1会派(民主改革連合)の連立政権が成立します。初めは細川護熙内閣、次は羽田孜内閣ですね。ここで小選挙区比例代表並立制の仕組みが作られました。

 ところが羽田内閣退陣後、自民党が日本社会党に接近し、新党さきがけとともに、「自社さ」連立政権を発足させました。これが村山富市内閣です。

野党再編

 自民党に対峙するため野党の次なる手段は、非自民野党の結集でした。そこで新党の結成を決意します。それが新進党です。

 公明党も新進党に参加することになりましたが、自民党と協力する地方議員もおり、ただちに全員合流が難しかったため、「公明新党」と「公明」に一時分党することになり、「公明新党」が新進党に参加しました。

 新進党は参議院選挙では躍進し、衆議院議員総選挙を迎えました。まずは結果から見ましょう。

1996年10月総選挙(定数500名)

自由民主党 239議席
新進党 156議席
民主党 52議席
日本共産党 26議席
社会民主党 15議席
新党さきがけ 2議席
民主改革連合 1議席

 新進党は今から考えればなかなかの議席数を獲得しましたが、政権交代を目指した政党としては失敗に終わったと言えます。この時、公明党や創価学会の協力度合いが参議院選挙に比べて落ちていたという指摘もありますが、まあ理由は何であれ、結果は惨敗です。

 1997年段階で、新進党に合流予定だった「公明」の合流が見送られ、1998年の参議院選挙は独自で戦うことになりました。これを機に新進党解党の動きが本格化し、新進党は1997年12月に分党されました。公明党系議員の多くは「新党平和」「黎明クラブ」を結成しました。

 そして、1998年には「公明」に「黎明クラブ」「新党平和」などが合流したことで、公明党が再結成されました。この後の公明党は自民党との連携路線に進むことになります。

自公連立政権

 1999年に自由民主党と自由党の連立政権が始まりました。自由党は小沢一郎が新進党解党後に作った政党です。ここに加わったのが公明党です。これで自自公連立政権が誕生しました。時の首相は小渕恵三です。

 ただし、小沢一郎率いる自由党はすぐに自民党と対立して連立を離脱してしまいます。しかし自由党内で連立離脱派と残留派で対立が起こり、自由党から分裂する形で保守党が成立しました。以後は「自公保連立政権」となります。

 ただし、保守党は少数政党にすぎなかったことから、2003年には自民党に合流してしまいます。これで「自公連立政権」となり、現在の政権の骨格が完成しました。

政権交代で野党へ

 ところが2009年の衆議院議員総選挙で、大変なことが起きます。

2009年8月総選挙(定数480名)

民主党 308議席
自由民主党 119議席
公明党 21議席
日本共産党 9議席
社会民主党 7議席
みんなの党 5議席
国民新党 3議席
新党日本 1議席
新党大地 1議席

 元々31議席持っていた公明党は10議席も減らしてしまいます。さらに自民党と合わせても過半数を割ってしまうことになり、民主党に政権を譲ることになりました。さらに大変だったのは、代表の太田昭宏がなんと落選してしまいました。代表すらも敗れてしまうほど、ボロ負けだったわけです。

 これ以降の代表は山口那津男となり、2024年まで代表を務め続けることになりました。

再び自公連立政権へ

 民主党政権の3年間を経て2012年に総選挙が行われました。結果はこちら。

2012年12月衆議院議員総選挙(定数480名)

自由民主党 294議席
民主党 57議席
日本維新の会 54議席
公明党 31議席
みんなの党 18議席
日本未来の党 9議席
日本共産党 8議席
社会民主党 2議席

 公明党は再び31議席まで取り戻し、自民党と共に与党に復帰しました。第2次安倍晋三内閣の誕生ですね。公明党は国土交通大臣を務めました。

 以後、2014・2017・2021年に衆議院議員総選挙、2013・2016・2019・2022年に参議院議員選挙が行われますが、いずれも公明党は盤石な戦いを見せました。公明党は圧倒的な票読み力がやはり評判で、落選者をあまり出さないというのが強みでした。まあ2017年の希望の党・立憲民主党の成立に埋没して議席を減らしてしまうこともありましたが。一方で、党員の高齢化という問題も指摘されつつあり、実は少しずつ獲得票数を減らしてもいました。2023年4月に行われた統一地方選挙では、1998年の再結成以降で最多の落選者を出してしまったと話題になりました。まあ過去最多って言っても、「たった12人」なんですけどね!

 ところが、自民党の裏金問題が起こった2023年以降、風向きは大きく変わっていきます。公明党自体は裏金と無縁でしたが、連立のパートナーである自民党のスキャンダルの余波を思いっきり受けてしまいます。

 2024年10月の衆議院議員総選挙で、それが顕著に出ます。15年間代表を務めた山口那津男が退任し、石井啓一の下で総選挙に挑みました。

2024年10月 第50回衆議院議員総選挙(定数465名)

自由民主党 191議席
立憲民主党 148議席
日本維新の会 38議席
国民民主党 28議席
公明党 24議席
れいわ新選組 9議席
日本共産党 8議席
参政党 3議席
日本保守党 3議席

 まず公明党は32議席あった議席を24議席にまで減らしてしまいます。それどころか、2009年の政権交代以来の事件が起きます。公明党新代表の石井啓一が国民民主党の候補者に小選挙区で負けてしまい、落選してしまったのです。

 石井啓一は責任をとって代表を辞任し、後任には斉藤鉄夫氏が就任しました。山口那津男から若手に譲る目的で石井啓一に代表を交代しましたが、結局は大ベテランの斉藤鉄夫氏になってしまったわけです。

参議院選挙へ

 さあ今回の参議院選挙では、選挙区の全員当選を目指して定数が複数ある選挙区に候補者を擁立しています。ところが選挙期間が始まった直後では公明党議員の苦戦を報じる情勢調査もあります。蓋を開けてみるまでどうなるか分かりませんが、自公で過半数を守り切るかどうかに焦点が当たる選挙ですから、ぜひ公明党も注目してみましょう!

〜参議院情勢〜

現有議席:28議席
(改選14、非改選13)

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